和歌山県有田郡に建つこの家は、見事なミカン畑の風景に包まれています。
この土地を選ばれたのは、ご主人でした。ミカン畑が広がるその景色に惚れ込み、「この風景とともに暮らしたい」という想いをもって、私のもとへ設計を依頼くださいました。
一方でともに暮らす奥様が切実に求めらていたのは、仕事をしながらの日々の家事や育児をスムーズにこなせる「使い勝手の良さ」と家族が健やかに過ごせる「明るい家」です。
小さなお子様がいる中での日常は、目が回るほど忙しいものです。「まずがストレスなく家事ができること、そして家の中が明るく心地良いこと」。そんな奥様の視点は家族を守るために、最も切実で前向きな願いでした。
設計者である私の役割は、どちら一方を優先することではなく、その二つの想いをひとつの空間の中に「正解」として着地させることにあります。
私は、奥様の使いやすさを叶える動線を引いたうえで、家事の合間に「ふと顔を上げる角度」に、ご主人が惚れ込んだ風景を一番美しい形で配置しました。
そこで大切にしたのが、「光」の質です。奥様が望まれた「明るい家」をある程度叶えつつ、私の中にある「静かな陰影をもたらす心の安らぎ」をどう共存させるか。
壁の色には、あえてわずかにくすんだグレーを選びました。真っ白な壁は光を反射しすぎて、時に人の心を疲れさせてしまうことがあります。落ち着いたトーンの壁を用いることで、外からの豊かな光を柔らかく受け止め、空間に穏やかな奥行と陰影をもたらすようにしました。
また、設計の打ち合わせを重ねる中で、収納についても深く話合いました。以前のお住まいを拝見した際、私の目から見れ「そこまで作らなくても、おそらく収納はあまるだろうな」という予測はついていました。
しかし、私はあえて収納を削るのではなく、奥様が望まれる「少し余裕のある収納計画」をそのまま形にすることにしました。奥様がもとめていたのは、物理的なスペースではなく、「何かあっても大丈夫」という心のゆとりだったのだと理解したからです。
家事に育児に忙しい毎日の中で、少しの「余白」があることで生まれる心の平穏。
それもまた、住まいの大切な機能のひとつだと思うのです。
家事がしやすいことは大前提として、でもその作業の合間にふと目を上げた先、柔らかな光を纏った壁と、窓に切り取られた緑が、張り詰めた心をふっと解いてくれる。そんな瞬間を贈りたかったです。
ご家族それぞれの想いを、ひとつの豊かな暮らしへと編み上げていく。
そこを大切に設計しました。



